東京地方裁判所八王子支部 昭和32年(わ)710号 判決 1958年3月31日
被告人 少年O(昭和一三・一二・二五生)
主文
被告人を懲役三年以上五年以下に処する。
押収の拳銃一挺(昭和三三年(証)第一八号の四)はこれを没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は昭和一三年一二月二五日父A、母Bの二男として出生し、昭和三二年三月東京都北多摩郡○○町所在の○○○○高等学校(現在△△△△△△高等学校)電気科を卒業し、同郡○○町に在る○○○○○○○○工業株式会社の工員として当時の住居である○○市×町△丁目○○番地から通勤したものであるが、これより前実父が昭和二七年三月三一日に死亡するや、同年八月頃から米軍立川基地要員K(大正一〇年一二月五日生)が右居宅に下宿し、被告人およびその母等と同居するに至つたところ、母B(明治四一年一一月一一日生)が同年一〇月頃から右Kと情交関係を結び、しかも同人から金銭的援助を受け、被告人の実姉C子(昭和一〇年一月一二日生)も亦多額の金銭的援助を受けたり等したため、右Kが次第に一家世帯主の如くに振舞い、横暴な言動にも出るようになり、昭和三一年一月頃から右C子に対し再三に亘り結婚を迫り、その拒絶に逢うや、殺して終う旨申向け、或は深夜同女の寝室に押入り言に従わないと称して首を絞める等の暴行脅迫を加え、よつて右C子をして昭和三二年二月頃右居宅より他へ転出するの己むなきに至らしめながら、同女が帰来しないとなるや、これを怒つて、Bに対しC子を連れ戻せと迫り、或は同女をして結婚を承諾させろと強要した揚句暴行を加え、或はまた被告人の妹D(昭和一六年生)の寝所に忍び込んで姦淫しようと試みたり、Bが米飯を提供しないことに怒つて鉈を持つて同女を追い廻したり等して警察署に留置されたこともあつたが、同人が単純な下宿人でないために処罰を受けることもなく、一方Bとしても同人を憎み切れなかつたことと、金銭の援助を受けていたことのために強いて退去明渡を要求することもできずに同人との醜干渉を続けていたものである。
被告人は以上の事実を目し家庭の平穏を紊し、母の心を奪う禍根は偏にKの乱行に基因するものと做し、深く同人を恨み折あらば同人に制裁を加えようと考えるに至つたが、同人の体格、力量共に勝れているため、素手でこれに立向つても成算のないことと、かねて工作が得意であることと相俟つて拳銃を作り、これをもつてKに対抗しようと思い立ち、昭和三二年三月末頃あり合せの資料を集めて拳銃一挺(昭和三三年(証)第一八号の四)と実包十数発(同号証の五はその一部)を作り、これを試射してその威力を実験したり等して秘かに準備をしていた折柄、たまたま同年八月一一日午前九時頃、前記自宅のKの居室で同人と母Bとが下宿料増額のことから争論を始め、これに当時被告人方に寄寓していた被告人の長姉D子(昭和三年生)が母親に加勢し、次第に険悪な情勢になつたため、実包装填の前記拳銃を用意携帯して右居室傍らの便所内に潜み、争いの推移を窺つているうち、Kが大声でD子を罵りながら室外に押出し、同女を右便所前廊下に押倒し、なおも暴行を加える気勢に、遂に日頃の鬱憤抑え難く、一家の禍根を絶つため同人を殺害しようと決意し、ひそかに同人の背後に近寄り、矢庭にその後頭部を狙つて所携の挙銃を発射し、弾丸一発を同人の後頭部に命中せしめて射創管の長さ約一四糎の盲管銃創一個を与え、よつて同夜○○市内○○病院において右盲管銃創によつて惹起された大脳機能障碍により死亡させ、もつて殺害の目的を遂げたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法第一九九条所定の殺人罪に該当するので、その犯情を見るに、判示認定の事実からも窺えるように、下宿人のKが横暴になつたのは同人の非難さるべき心情にも由ることとは云いながら、これにより被告人等の家族が迷惑を蒙つても、この被害は被告人の実母の年効いもない不始末に由来する。いわば自業自得とも云うべきものである。すなわちKから約定の下宿代の外に少からざる額の金銭の援助を受け、被告人の姉亦多額の金銭を受領しながら、これらの金銭を少しも返還しないで醜行を継続し、立退請求も強く主張し得ないような状態を自ら招いたものである。
言い換えるとKの横暴を甘受せざるを得ないような弱味を自ら作つて終つたものである。
右の次第で、Kを単なる下宿人として処遇していないのであるから、斯る者に対し、下宿代の増額を要求しても、たやすく応ずる筈がなく、これを強いて要求すれば、Kの従来の行状から推し、暴行沙汰に発展することは容易に予見し得るのである。果せるかなKとD子との間に判示の如き争いを生じたのであつて、このことは予期の結果とも云い得べく、被告人としてもKと母との醜関係、母や姉等がKから金銭上の援助を受けていたこと等の判示認定の事実は、概ねこれを熟知していたものであるから、Kから受ける金銭的援助については被告人自身も共同生活体の一員としてその利益の一部を享受していたことに想到すべきである。然るにいかに弱年とは云え、母親の非行を不問にしてKの短所だけを憎み、家庭の禍根を同人だけに帰せしめたのは、肉親愛によるものとしても、誤まつた感情的偏見に逆恨みといわざるを得ない。
斯る不当かつ未熟な思慮に基き人命奪取の重大事を独断決行した責は蓋し重大であつて、被害者側の一部の者が、本件を目し、金銭的利害に絡む謀殺と做すのも強ち邪推とばかり云えないものがあるが、被告人に全責任を負わせることは不当にして、関係者全員において分担すべきものである。そこで被告人の年令、過去の行状、生活環境等を考慮し、殺人罪の所定刑中有期懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内において処断すべきものであつて、本件殺人を決行するに至るまでの周到ともいうべき準備をしたことおよび一撃必殺の所為をもつて目的を遂げたこと、被告人が少年法第二条にいわゆる少年であること等を酌量して少年法第五二条により被告人を懲役三年以上五年以下の実刑に処すべきものである。
押収の主文掲記の物件は、本件殺人行為に供用した被告人の所有物であるから刑法第一九条第一項第二号、第二項によりこれを没収する。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 河内雄三 恒次重義 井上謙次郎)